『どろぼうのどろぼん』の公園

たとえば、商店街の通りとか、歩道とか、あるいは街などにおいて、
その場所で、たのしい催しがあるとか、すてきなお店があるとか、
そういうこと以前に、なぜだかわからないが気持ちのよい場所だってことが
もしやとてもだいじなのではないかと、ここ数年かんがえていました。
植物と木陰、水や水の流れのたいせつさ。その醸しだす雰囲気。
目の前にいくつかの道があるときに、ふらっとそちらを選んでしまうような。
(なんとなくいやな感じがして通りたくない道がある、逆の感じで)。

どろぼうのどろぼん

書店の絵本コーナーのそばで、表紙の絵とデザインのかわいい雰囲気に
惹かれて手に取り、『どろぼうのどろぼん』という小説を読みました。
とってもおもしろい本だったのですが、公園についての文章もまたすばらしい。
一部抜粋させてください。

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「ひとの集まるところに、公園をつくるのではない。
まったく逆である。たとえば、だれも住まない荒れ地の
まんなかに、すばらしい公園をつくってみたまえ。
そのまわりに、ひとは集まり、すてきな街ができるだろう」
と、”あれぐざんだー”氏は、語ったという。
でも、噴水がまんなかにあるその公園が完成したとき、
みんなはがっかりしたらしい。なんのへんてつもなかったから。
でも、時間がたつにつれみんなは誇りに思うようになった。
なぜっていうのはむつかしい。ただ気もちがいいのだ。
ひとが集まっているときにも、混雑した感じがしない。
ひとがいないときにもさびしい気がしない。
ひとりでいたいときには、だれとも目が合わない。
だれかと話したいときには、知り合いがすぐ見つかる。
木が多すぎも、少なすぎもしなくて、暑い日はあまり日が当たらないし、
木枯らしの吹く日には、ここだけ町のほかの場所より、
ぽかぽかしている気がした。

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公園というのは、なにかのためにある場所じゃない。
なんの役にも立たないことが、だいじなんだ。
この公園は、そういうふうにつくられている、と思った。
たとえばひとが、世の中のだれにも必要とされず、
どこにもじぶんの場所がないように思える日に、落ちつけるところ。
ほんとうに無力で、意味がなくて、それでもそこにいいんだって
いってくれる場所。それが、公園なのかもしれない。

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こんな公園、金沢にもほしい。

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  • 2017.07.19 Wednesday
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